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Team DiET Colloquium vol.60

小児期の知的発達に対する出産前甲状腺スクリーニング検査の有効性

Antenatal Thyroid Screening and Childhood Cognitive Function
(N Engl J Med 2012; 366:493-501 | February 9, 2012)

http://www.nejm.org/doi/pdf/10.1056/NEJMoa1106104

【背景】
 ・母親の甲状腺機能低下が、子の知的発達低下に関与している。
 ・軽度の甲状腺機能低下においても、子の知的発達低下を認めている。


【目的】

 ・妊婦に対し甲状腺機能のスクリーニングを施行し、甲状腺機能低下例に対して
  治療介入を行うことで子の知能改善が得られるかを評価する。


【方法概要】
 ■デザイン:多施設無作為二重盲検試験(イギリス10施設、イタリア1施設)

 ■対象:以下の条件を満たす妊婦:名
  ・妊娠16週未満に対象施設を受診した妊婦

 ■割付(1:1の割合)
   受診時に採血施行し、以下の群に無作為に割りつけた。
    ◎スクリーニング群(10,924名<甲状腺機能低下症:499名>)
      即座にT4・TSHを測定し、甲状腺機能低下症例ではレポサイトキシンを投与
      (初期量;150μg/日、治療目標;TSH 0.1-1.0mIU/L)

    ◎コントロール群(10,922名<甲状腺機能低下症:551名>)
      血清は-40℃にて保管し、出産後にT4・TSHを測定

 ■評価項目
  ◎主要評価項目
   ・出生児の3歳時点でのIQをwppsi-Ⅲにて評価
    (コントロール群の平均値を100として評価)
  ◎その他の評価項目
   ・CBCL(幼児の行動チェックリスト)(2000年版)
   ・Brief-P(幼児の行動評価尺度)(2003年版)


【結果概要】
  ・出生児の3歳時点での平均IQスコアは、以下の通りであり、両群に有意差はみられなかった。
     ・スクリーニング群:99.2
     ・コントロール群 :100.0

  ・また、出生児の3歳時点でのIQスコアが、85未満の割合は以下の通りであり、
   両群に有意差はみられなかった。
     ・スクリーニング群:12.1%
     ・コントロール群 :14.1% 

  ・T4低下例、TSH低下例に分けてサブ解析を行ったが、全てにおいて有意差はみられなかった。
  ・ITT解析(全例が解析対象)、On-Treatment解析(脱落者を除く)を行っても、
   全てにおいて有意差はみられなかった。


【結論要旨】
  ・妊娠時にスクリーニングを行い、母親の甲状腺機能低下症に対する治療を行っても、
   出生児の3歳時点での知的発達は改善されなかった。
  ・現行のガイドラインでは、妊娠時に母体の甲状腺スクリーニングを推奨しておらず、
   今回の結果はこれを支持する結果であった。


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【Team DiET の議論】
 これまで、母親の甲状腺機能低下が、子の知的発達低下に関与しているとされていながらも、
 実際に妊娠初期に甲状腺のスクリーニング検査を行い、治療を行うことで、子の知的発達を
 改善できるかという研究はされておらず、今回の結果は非常に意味ある結果だと思います。

 本試験では甲状腺機能低下症がありながらも、治療群と無治療群に分けることになるため、
 病院の倫理規定に触れたり、医師が免責に問われたりする可能性があります。
 それをギリギリのところでかわすため、無治療群は出産前に採血した血液を出産後に判定し、
 甲状腺のスクリーニングを行っています。
 試験デザインから、最先端の医療を行う上での治療と研究の葛藤が読み取れる気がしました。

 今回の結果から、妊娠初期の甲状腺スクリーニング検査は不要であり、例え治療を行っても、
 子の知的発達を改善できないと結論づけてしまうのは、いささか早合点と思います。
 ディスカッションでも述べられていますが、今回の治療介入が遅かったため、知的発達が
 改善できなかったというのは、充分に考えられます。

 通常、胎児の甲状腺は妊娠14週頃から、甲状腺ホルモンを作り始めます。
 そのため、母親の甲状腺機能が胎児に重要に関わってくる時期は、それ以前となります。
 エントリー時の妊娠週数は平均で12.3週であり、治療の開始は13.3週となっていることからも、
 治療を開始するタイミングが遅すぎたと考えてもおかしくありません。

 また今回は、早期に結果を出したいため、主要評価項目を3歳時点でのIQとしていますが、
 3歳児で正しく評価できたのかは疑問です。
 従来の研究と同様に評価年齢を高くする、長期的な評価(10歳頃)を実施するなどの
 追跡調査も必要と考えます。

 今回の論文を読んで伝えておきたいことは、甲状腺自己抗体が陽性の患者が受診した際には、
 妊娠について話をし、「妊娠前には必ず採血に来ること」「年に1度のスクリーニング検査を
 行うこと」を正しく伝える必要性です。
 少なくとも、妊娠12週時点から薬物介入を行っても、効果がないことを本論文は
 証明しています。
 また今回対象となったヨーロッパと比べ、日本人は海藻を多く食べるため、甲状腺機能低下症の
 割合も高いことが考えられます。
 今後、甲状腺機能低下症の患者さんが受診した際には、患者さんの将来と生まれてくる子どもの
 未来のために、慎重に診察を行って欲しいと思います。


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